豊岡観光協会

鞄の街・豊岡は柳行李から

豊岡は、日本有数の鞄生産地ですが、そのルーツは柳行李からです。

柳行李

豊岡の鞄産業のルーツの柳行李は、円山川のほとりに自生していたコリヤナギを利用して奈良時代に始まったといわれています。当時の「但馬国産柳箱」は奈良正倉院に収蔵されています。江戸時代の初期に京極藩主が保護奨励し専売制度を確立し、全国に豊岡の柳行李が知られるようになりました。

さらに、1900年(明治33年)に開催されたれたパリ万博に革バンド付きの行李鞄が出品され、機能性と製品そのものの品質の高さで、世界から注目されたといわれています。最盛期の大正時代には、アメリカなどにも輸出され、但馬の域内で、5000人以上の人が生産に携わっていたといわれています。

昭和になると、ファイバーを素材にした鞄の商品化に成功し、柳行李の販売網を使って販売を拡大します。1940年代後半から1950年代にかけて、杞柳産業から鞄産業へ転換したといわれています。その後、素材は、ビニールレザーへと変遷し、ミシンでの鞄縫製技術が導入されます。

素材は、塩化ビニールや合成皮革、さらに、ファスナーが開発され、素材に合わせたミシンの改良も進み、品質が向上します。しかし、1990年をピークに生産高が減少し始めます。豊岡の鞄産業は、OEM生産が中心で、大手のメーカーは、賃金の安い海外に生産拠点を移してしまいました。

豊岡の鞄づくりは、上記のように長い歴史と技術的な積み重ねがあります。2006年に豊岡の鞄メーカーが地域団体商標として「豊岡鞄」を登録し、オリジナル鞄の生産が始まります。

同じころに、宵田商店街が、商店街を「カバンストリート」として活性化しようという取組が始まります。2014年には、「トヨオカ カバン アルチザン アベニュー」で、鞄職人の養成スクールが始まり、全国から鞄職人を目指す人が集まり始めます。

豊岡鞄

豊岡の鞄産業の強さは、時代に合わせた変容力です。「但馬国産柳箱」から数えると、多くの世界ブランドをしのぐ歴史があります。

次の転換点は、世界的に有名な鞄ブランドが豊岡から誕生することかもしれません。日本のモノづくりを支える鞄づくりを豊岡で是非体感してください。

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